”聞こえているのに聞こえない”
そんな”誰にもわかってもらえない”苦しみを抱えておられる患者さんが数多くいらっしゃることが最新の研究で明らかになってきました。当院ブログでも数年前から連載している聴覚情報処理障害という病態です。
現在では”聞き取り困難症(Lid)”と合わせて、Lid/APDとも呼ばれています。
その病態、治療法などは未だ確定していないのが特徴ですが、今年の4月にAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構:全国レベルで重点疾患を研究する組織)で仮の診断基準が作成されました。
LiD/APD診断と手引き(2024第一版)として31ページからなる報告書が執筆されましたが、その執筆担当者の中のひとりが我々九州大学元助教の土橋奈々先生です。去年までなんと診断基準すらまともになかった疾患ですので、今後の病態解明、治療法開発への大きな進歩といえます!
試案となっていますが、現在はこれで診断して良いということになっており、要点は次の3つです。
1)純音聴力検査正常(4分法という測定値で25dB未満、かつ特定の周波数で25dBを越えない)
2)語音明瞭度(言葉の聞き取り検査)正常(85%以上)
3)聞き取り困難の自覚症状がある(小渕式109点以下など)
つまり、言葉の聞き取り検査までできればクリニックレベルで確定診断が可能であるということです!
当院ではこれまで2017年からフィッシャー式で判定してきましたが、2024年9月以降は診断基準確定に従い小渕式に変更しました。これにより希望されれば当院でも診断書の発行が可能です。
ただし、基本九州大学で更なる精密検査をお勧めしています。(九大は専門外来を有する福岡唯一の施設ですが、2024現在1年以上の検査待ちがあります!)それは手引き第一版にも記載されていますが、
聴覚情報処理検査 (Audiory processing test; APT)、雑音下聴取検査、方向感機能検査などの特徴解析が重要だからです。これらによりLiD/APD患者さんの中にもどの聞き取り能力が欠如もしくは低下しているかがわかり、日常生活や社会生活での注意喚起も可能です。当院ではこれらの検査ができません。またLiD/APDはADHD(注意欠陥・多動障害)やASD(自閉症スペクトラム障害)の一部症状である可能性があり、これらは心理検査や発達検査(WAIS,WISC)が必要です。これらの疾患を認めた場合は投薬や精神科的アプローチも重要となります。
ただし、重要なのは大学でこれらの検査を行なっても、現段階で有効な治療法はありません。また、完全に聞こえるようになる機器もありません。この病気の重要な点は、”社会的生きにくさ”の理解と周囲の環境調整を行うことです。APD/LiD の支援の方法は診断後の介入で、これは音声入力 情報の調整、環境調整、機器を用いた情報強化、 トレーニングの4種類からなります。”聞こえているのに聞こえない”とは”走れるけと足が遅い”ことに例えらえ、走れない(聞こえない)わけではないのに、早く走れない(聞き取りが不得手)であることからくる”社会的生きにくさ”を少しでも軽くできるかどうかということが重要になります。
当院には”ブログを見て”遠方からたくさんの患者さんが来られます。私たちはクリニックでこれらの患者さんに道筋をつけることしかできませんが、今まで分かってもらえなかった苦しみに少しでもお役に立てればと思っています。